AUらぼ

オーストラリアを知り、移住・留学を成功させるためのブログ

「指示待ち」ではないオーストラリアの働き方

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最近の状況は東日本大震災に重なるところがある。

地震が起こったとき、私が働いていた東京のオフィスは激しい揺れに見舞われた。

避難訓練では机の下に隠れろと習う。しかしあの揺れが起こった瞬間、それが正しい行動なのか判断しかねた。

机の下に隠れるべきか屋外に出るべきか―?

数秒後、私は屋外に出ることを選んでいた。他にも多くの社員が外に出て、尋常でない揺れ方をする近隣のビルを見た。

しばらく経つとガラケーのインターネットが繋がるようになり、震源地は東北の方だと誰かが言った。

東北が震源地で東京でもこの揺れ! とんでもないことが起こったのだと私は悟った。

 

大地震の後に余震は付き物である。私はもう社屋に戻りたくなかった。

また気分の高揚のせいか、ちょっとした悪戯心が芽生えた。

「このまま家に帰ってしまおう」

社会人として褒められた行為ではないが、私は混乱の中、誰に告げることもなく会社の門を出た。

 

指示待ちな社員

しばらく歩くと、他部署の後輩数名が路上でたむろしていた。

「こんなとこで何してるの?」私は訊いた。

後輩「会社から何の指示もないからここで待機してるんです」

私「帰っていいよ。自分は帰る」

私は彼らに指示する立場でも何でもなかったが、はっきり「帰っていい」と断言して立ち去った。

そもそもその職場はフレックスタイム制で、「会社にいなきゃいけない時間」はすでに過ぎていた。だから地震があろうがなかろうが、もう帰っていいのだ――というのが私の論理だった。

 

会社というのはつまらないことで足を引っ張り合うところだから、「あの非常事態に点呼や安否確認もせずに帰るとはどういうことだ!」と後日、私を非難するのは容易だったろう。他部署の後輩たちは、そういった組織の陰湿な性質を警戒し、指示を待っていたのだ。しかし私の中では「全員無事なのは明白だった。大地震に余震は付き物だ。だから一刻も早く社屋から離れるべきだ。私は常識的に行動して自分の身を守ったにすぎない」という反論がすでにできていた。

 

信じられないことに私が帰った後、何百人という社員が社屋に戻り、不要不急の作業――地震で乱れた棚の整理とか――に従事したという。もし私に、彼ら全員に指示する権限があったら、絶対にそんなことは許さなかっただろう。仮に余震があって人命が失われでもしたら、一体どうやって償うと言うのか?

 

Work from Homeできない職種

私はオーストラリアで研究開発職に就いている。

この仕事の根本の部分はWork from Homeできない。

デジタル製品ではないので、現物を試作して測定機器を使って評価する――という試行錯誤を繰り返さなければならない。

もちろん書類仕事(パソコン仕事)もあるが、それは製品開発に付随したものだ。だから常に、開発が「主」で、書類仕事は「従」である。

もしその序列が逆転してしまっている組織があるとしたら、そんな企業は競争力のある製品を開発できないから早晩衰退することになるだろう。

 

意外なことに、それは往々にして起こり得る。

私は日本の会社で働いていたとき、社内向けのプレゼン資料やリスク管理の書類を山ほど作っていた。(作らなければならない組織の仕組みになっていた。)

それらは何の利益も生み出さないが、それをやっていても給料は毎月振り込まれるから、人によっては有意義な仕事だと勘違いするだろう。また確実に、社内向けのプレゼン(それ自体は一円も生み出さない)を立派にやる方が評価される。本業に集中するためにプレゼンを雑にやったりすると評価されないのである。

…と、このように物事の序列は容易に入れ替わってしまうのである。

 

そんな指示出てないけど…

オーストラリアの私の部署に、3月の中旬頃、マネジャーからこんなメールが来た。

「今後の状況次第では、全員出社できなくなる可能性がある。だからいつでもWork from Homeできるよう準備しておくように

準備というのは具体的にはパソコンのVPN設定である。IT部門の社員がやって来て、順番に設定して行った。

すると…。

設定が終わるや否や、私の同僚たちは先を争って帰って行くのである。

そして翌日、職場からは誰もいなくなった。私以外は。(マネジャーは皆に先駆けてWork from Homeを始めていて、前述のメールは家から送って来ていた。)

 

Inconsistency

私の部署(R&D)からは誰もいなくなったが、隣の部署(品質保証)は普通に稼働していた。また製造部門も通常通り稼働していた。

それらの部署は絶対にWork from Homeができない部署である。また前述したように、R&Dも根本的な部分ではWork from Homeできない。

これではあまりに一貫性がない。

初期の段階で私は、「同僚たちはパニックWork from Homeしてるけど、そのうち我に返って出社するだろう」くらいに思っていた。ところが翌週も彼らは戻って来ない。

 

週1のノルマ

「こんなことがずっと続くわけがない」

1人になったラボでそんな風に考えながら働いていると、マネジャーからメールが来た。

「CEOや他の経営者たちが懸念を示している。私は彼らに確約した。開発は決して遅らせないと。だから週に1~3回は出社するのが望ましい」

(前に彼は、準備せよと指示しただけだったが、このときにはWork from Homeしていることが前提になっていた。)

「そりゃそうだろうよ!」私は思った。

R&DがWork from Homeするということは、経営側からしてみれば、何も生み出さない連中に結構な給料を払い続けるということだ。

ところで私はこうも思った。

「週に1~3回の出社で間に合う研究開発って、今までどんな仕事をしていたんだ?」と。

やがて同僚たちは、ポツリポツリとやって来た。週1のノルマをクリアするために。

 

Superficialな会話

この期間、ZOOMを使ってビデオ会議が行われるようになり、私だけ会社から出席?した。その中でマネジャーはWork from Homeしている同僚たちのメンタルヘルスを気遣った。

「どうにかやっている」同僚たちは答えた。それがさも困難なことのように

「マジかよ?」私は唖然とした。

この人たちは明らかに何かを取り違えている。メンタルヘルスについて最近世間で取り沙汰されているのは、職を失い先行きの見えない人々が家で悶々とする生活を送っているからだ。(私がオーストラリアに移住し、就職活動で苦労していたときの気分がそれに近いだろう。)

だが同僚たちの収入と身分は確保されており、おまけにWork from Homeという名の有給休暇まで得ている。彼らのメンタルヘルスはむしろ改善しているはずだ。今回の騒動の勝ち組なのだから。

私は呆れた。そしてこう決意した。

「こうなったら意地でもWork from Homeなんてやるか! 絶対にやってたまるか!」と。

 

メルボルン立て籠もり事件

公式データではビクトリア州の累計感染者は10万人中20人に満たない。その中で発症し治療を受けている人は12%ほどしかいない。つまり10万人中2人だ。だからどんなに頑張っても、感染して治療を受ける症状に至るのはほとんど不可能なのである。

とは言え自分が感染源になるという失態は避けねばならない。会社ではマスクと保護メガネと手袋を着け、換気を良くした。ラボだからそういった装備はふんだんにあるのだ。

また、昼食の弁当は自分の車の中で食べるようにしている。たまにやって来る同僚や他部署の人たちと同じ小部屋で食事したら、私の行動はたちまち一貫性を失い、会社に立て籠もっていることを正当化できないからである。

 

「指示待ち」ではないオーストラリアの働き方

危機管理能力に長けた私の同僚たちは自分の頭で考えることができるため、上からの指示を待たずに先んじて行動できる。彼らはコミュニケーションにおいても極めて洗練されており、ビデオ会議ではお互い触れて欲しくない部分には立ち入らない。本音と建て前を使い分けることは一種の洗練である。

一方、サラリーマン根性の染み付いている私は指示がなければ自発的には行動できない

こうして私は今日も一人ラボに立て籠もり、全員撤収の指示を待ち続けるのである。